ダンスもロクに踊れやしない - 2/2

 ガスコインはヘンリックと共に家へ向かう。
 今日はヘンリックも入れて四人で夕飯を食べる日で、いつの間にか毎週恒例となったガスコイン家の重要な行事だ。
「へへへ、娘もヴィオラもお前が来るのを楽しみにしてるぜ?」
 女の身体になってから着こなすようになった、スカートを膨らませた灰色のドレスを揺らし、ガスコインが言う。
 彼女の胸はすっぽりと布地に覆われ、白い肌を見せる事は無い。服に疎い者が見ても、布地を見れば決して安くは無い事が分かる。彼女の胸の谷間で輝く銀のアミュレットが、やたらと眩しく見えた。
「フ、今からでも……あの小さなお姫様の待ちわびる姿が目に浮かぶな」
「きっと今頃ヴィオラを困らせてる所だ。さ、とっとと行くぞ!」
 ガスコインが隣を歩いていたヘンリックの方へ向くと、布で包み隠された胸の膨らみが僅かに揺れる。
「ああ」
 おざなりに返事をしつつ、ヘンリックはそっと相棒から視線を逸した。
 あの布に包まれている乳房が何よりも柔らかいのは明らかだ。故に、目のやり場に困る。
 年老いてはいる。相棒ほど若くはないが、困った事に色事への欲が無くなった訳では無いのだ。
 更に困るのは、彼女がヘンリックの好みにピッタリと嵌っているという事だ。
 元々同性であった頃からお互い惚れ込んで、そういう事をする仲でもあったが、それは自分が節操無しな所があるからだと思っていた。
 だが違う。女のガスコインにもこうして惚れて、たっぷりの愛情とひと匙の肉欲を覚えるのは……節操無しだからだと済ますには、些か情熱的過ぎるだろうとヘンリックは思う。
「置いてくぞー!」
「今行く!」
 ガスコイン家の晩餐会には良い酒の栓を最低一本は抜く。酒を飲み、酔って眠ったフリをして自分の家まで送らせれば……或いは、部屋で休ませる事になっても……二人きりになれるだろう。
 我ながら、中々姑息な手だ。彼女の艶かしい裸体に直接触れるために、不意打ち染みた手段を取るとは。
 本来ならキッチリとエスコートする所だが、ガスコインはあまり気取った物は好まないだろう。かと言って、彼女の妻の前で瞬きを交わすのも気が引ける。
 きっと、これしか手段が無いのだ。ヘンリックは自分を納得させると、ガスコインの後を追いかけた。

「んー! 美味い!」
 ガスコインは次々と豪快な食べっぷりで皿を空にして行く。
 時折グラスを傾け、優雅に食事を取るヘンリックとは正反対だったが、咎められる事は無く。寧ろ、ヘンリックの方からもっと食べろと勧められる。
「全く淑女らしくは無いが、お前らしくて良い」
 相棒がそう言って笑う。その微笑に少し……ほんの少し、ガスコインの胸が高鳴る。
 元々、自分と付き合うまではヘンリックという男は女誑しで、若い頃はヤーナム中の女を口説いて回ったと言う。
 誇張された噂だとヘンリックは言うが、彼と同い年ぐらいの老婆が時折、乙女のような輝く瞳で視線を向けている事がある。
 その時だけ、女は濁って死ぬのを待つ老婆ではなく、美しく輝く恋する乙女になるのだ。そんな魔法を目の当たりにすれば、ガスコインでも噂は誇張などでは無く、事実なのだろうと信じるしかない。
「おじいちゃん、おとう……さん、お父さんも、お母さんに負けないぐらいキレイでしょう?」
「ああ、そうだな」
「私もいつか、二人みたいにキレイな人になりたいなぁ」
「君ならきっとなれるさ、お嬢さん」
 娘とたわいもない話をするヘンリックの、皿から口元へと切り分けた肉をフォークで運ぶ動作や、グラスにそっと口付け中味を含む、そんな何でもない動きにさえ惹かれる。
 男であった自分は、何故この色気の塊の隣に立っても平然としていられたのだろうか。
 今となっては全く分からない。隣に立っているだけでも、彼の纏う空気に、匂いに腰抜けになりそうなのに。
 ふと、ガスコインはヘンリックの口の端に肉料理のソースが付いているのを見つけた。
「ヘンリック、ソース付いてるぞ」
「む」
 ヘンリックはナプキンを手に取り、口の端を拭う。その仕草にさえ得も言えぬ色気を感じてしまうし、情欲が掻き立てられる。
 ただ一連の動作を丁寧にこなすだけで、男はこうも綺麗に見えるのだろうか。
 ……きっとそれだけではないのだろう。でなければ説明が付かない。
「どうしたガスコイン、食べないのか?」
「あ? あぁ、食べるに決まってるだろ!」
 そう言って口にした料理は、なんだか良くわからない味がした。

 ヴィオラとガスコインの娘が寝静まった頃。ガスコインとヘンリックは暖炉の前でワインを片手に語り合っていた。
「しかし、お前が女になった時には驚いたな。今だから言うが、腰を抜かした」
「ヘッ、笑ってやりたい所だが……俺は俺で散々驚いた後だったからな。だがまあ、慣れちまえば……これはこれでいいかもな」
 ガスコインはグラスの中身を呷り、一息吐く。
「ただコイツは……例外だな」
 ガスコインは両手で己の乳房をそっと持ち上げ、揺らす。本人にとっては脂肪の塊だが、目の前の男にとっては禁断の果実とも知らずに。
「ははあ。やっぱり重いのか?」
 一人掛けのソファーから立ち上がり、ヘンリックはそっとガスコインの側に歩み寄る。
「んー、まあな。結構重いかも……」
「少し持ってやろうか」
 ……書くまでもない事だろうが、二人はいつもより大分多く酒を飲んでいる。
 普段であれば言い淀む事も、酒で湿った唇から滑り落ちてしまう。また、普段であれば蹴飛ばすような事も、素直に受け入れてしまうのだ。
「どうだろうなぁ、お前が持っても重いかも知れないぞぉ?」
 無遠慮に伸びる手を乳房を掬うように誘導して、ガスコインがニヤニヤと笑う。
 見た目通りにソレは柔らかく、照らされて白く光る肌は少し汗ばんでいる。
 鼻先を近付ければ、仄かに甘い女の匂いがした。
 持ってやろうかと言った手前、ヘンリックはその言葉通りに持ち上げていたが、やがて欲が出てきて揉みしだく動きも加える。
「んっ……ヘンリック、なんだ、胸が好きなのか?」
「まあ、な。だが一番好きなのはお前だ」
 普段の理性的な顔はどこへやら、己の欲望を剥き出しにして笑う男の姿がそこにはあった。
 昼間叩きのめした男と同等ぐらいには最低な事を言われているのに、ガスコインの心臓はその言動にも早鐘を打ち始める。
「あ……ああ。そうか……」
 自然と内股になり、行き場に困っている手がスカートを握る。
 女になっても消えなかったガスコインの男の象徴が、今にも爆発しそうだ。
「なあガスコイン。私達は恋人だよな?」
「ん、そうだな。恋人だ……」
 する、と胸から手が離れ、代わりに両頬に添えられる。
「それなら私のするべき事は一つだ」
 ヘンリックの顔が一気に近付き、顔を逸らせなくなる。熱い吐息がどんどん耳の方へ動き、息を吸う音が聞こえた。
「私と天国へ行かないか、ガスコイン」
 これが本物の、悪魔の囁きだろう。女は身を震わせ、囁く唇を塞ぐ事で答えとした。
 そこからはもう、あっという間だった。ヘンリックは女と化してもなお体格の大きいガスコインを寝かせ、上にのしかかる。
「あぁ、ガスコイン……お前は男でも女でも、私を惹きつけて止まないな」
「そ……そんな風に、思ってくれているのか……」
 うっとりと自分の事を褒めそやす色男に、うら若き乙女はただただ顔を赤くするのみだ。
「そうだ。だからどうか……私に手折らせてくれ、お前と言う名の可憐な花を」
 今まで見たこともない雄の顔でヘンリックが口説いてくる。
 無防備に、優位に立っていると思い込んでいる姿が……堪らない。もう限界だ。
「……なあヘンリック。俺が上でもいいか?」
「ああ、いいぞ」
 あっさりと承諾され、体勢が入れ替わる。
「な、なんだか恥ずかしいな……」
 ガスコインは言いながらヘンリックの胸の上に座り、穿いているスカートを自ら捲る。
 そこには、男の頃と何一つ違わぬ巨根が鎮座していた。
「……」
 何か言おうとしていたヘンリックは思わず口を噤んだ。
 巨根から漂う嗅ぎ慣れた雄の匂いに思わずむしゃぶりつきたくなる。だが待て、今のガスコインは女じゃないか。それがどうして、こんな。
 恋人が自分の逸物に釘付けになっているのを見て、ガスコインは笑う。
「ハ、俺を抱けると思ってたのか?」
 トロトロと先端から先走りを溢す巨根で、彼の頬を叩いてやる。
 ヘンリックの呆け顔の、その瞳だけが煌々と輝いていた。

 


本番も書くつもりがあったんですが、今読むとこれでもいい気がするのでここでおしまいです。
続きはない。

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