送料込み3980円

轟商事の社長、轟剛天と同社営業社員の平順が人知れず恋人になってから、二人は月に何度か互いの家で寝泊まりするのが定番だ。
今回も念入りな変装の甲斐あってか誰かに怪しまれる事なく恋人の住む部屋へと辿り着き、カーペットの上で胡座をかいて彼が好きで買っているという漫画の単行本を読んでいた。
「YES/はい枕を買ったッス!」
すると突然、つい先程インターフォンが鳴って玄関へと出向いていた順が戻ってくる。
「YES/はい枕……?」
意気揚々とネット通販の段ボール箱を持って来た順を、剛天は訝しげな目で見た。
が、そんな事はまるで気にならないようで、順は剛天の目の前に箱を置くと、口を閉じているガムテープを剥がした。
箱の中からは透明なビニール袋に包まれたピンク色の枕が取り出され、剛天から見える面には赤いハートを背景に「YES」と書かれたプリントが施されている。
「こっちが『はい』で……逆が『YES』ッスね」
確認のために順がくるりと枕を回転させると、剛天には同じ赤いハートを背景にした「はい」のプリントが現れる。
剛天は総合商社の社長で、必要とあらば直接交渉に行くというだけはあり、自分の恋人のような若い世代の流行り物や、少々俗っぽい事も知識として頭の中に入れている。
……入れてはいるが、流石にYES/はい枕という物は聞いた事がなく、恐らく元になったであろうYES/NO枕も根強く残ってはいるものの、商品のアイディアとしては古めかしく恋人の世代には合わないはずだった。
「通販で買ったのか?」
「はい! ウチにはまだこういうの無かったな~と思って」
元気に返事を返し、楽しそうに枕を持つ恋人の笑顔が眩しい。
「……そうか。そうだったな」
拒否権は無いのか、何故買おうと思ったのか、そもそも何処で売っているのだと色々聞きたい事はあったが、本人が楽しそうにしていたので剛天は浮かぶ言葉を全て飲み込んだ。
そうこうしている内に順は枕を包んでいるビニール袋を開け、中から枕を取り出す。
「んじゃ、早速使ってみるッス」
どうぞ、と枕を手渡され、剛天は持っていた漫画本を置いてひとまず受け取る。
受け取ってはいけないのでは、と思うには既に遅く。
「剛天さん、今から……どっッスか」
ずい、と身体を寄せて恋人が尋ねてくる。座高差があるが故に見上げるような形になる視線は、いつも真剣だ。
その心意気はいつでも買うつもりではある剛天だが今は漫画の続きが気になる上に、まだ陽は高い。
ひとまず断ろうとくるりと枕を回す。
「YES……!」
枕を見た順はとても嬉しそうに距離を詰めてくる。逆か、と枕をひっくり返すが、今度は外側に「はい」のプリントが。
「はい……!?」
やはり、このままでは断れないではないか! 剛天はにじり寄ってくる恋人になんとか拒絶の意思を伝えようと枕を回し続ける。
「お、おぉっ? これは……」
どちらの面も、回答として認識されるまで見せ続けなければYESでもはいでもない。
「う、う~ん……YESでも、はいでもない……?」
しめた。剛天は更に枕を回す速度を早める。
このまま諦めろ、と剛天は胸の内で念じれば、目の前の恋人は考え込み始めた。
俯いてウンウンと唸る順は、暫し悩んだ後突如天啓を得たように顔を上げる。
「……つまり……両方ッスか……!」
「何故そうなるんじゃ、順!?」
ツッコミも虚しく、剛天は若い恋人に押し倒された。
……いや、正確には押し倒されてやった。体格と力量の差により、本来なら剛天はびくともしない。
そしてその事は、彼も十分に分かっている。
「だって、剛天さんが本当に嫌だったら……俺に、こんな簡単に押し倒されてるはずが無いじゃないッスか」
愛おしそうに頬を撫でてくる恋人に、剛天は枕をぎゅっと抱きしめた。