赤提灯 #1

 北風が吹き荒ぶ、冬枯れの頃。
 都会の片隅にある、戦前からあるような古く細い通りの一本に、あるおでん屋台があった。
 吊るされる赤提灯と暖簾にこびり付いた汚れを見れば屋台自体も十分に古い物だと分かる程だったが、出汁の味も古くから変わらない。
 つまりは、長年同じ場所で屋台を出せる程には繁盛しているし、温かくて旨いのだ。
「……だから、ハンサムがハンサム過ぎる」
 そんな老舗の名店とも言えるおでん屋で、グラスを握り込み呑んだくれる客が、ひとり。
 もちろん、おでん屋の大将が今更呑んだくれ如きでは声を掛けるのを躊躇う事は無い。
 しかしその客は瞳の色が緑で、肌の色は青味掛かった白色の肌。赤ら顔を包む髭は獅子のたてがみのように立派だ。
 ここにヤクザの親分も顔負けの真っ白で派手なスーツと、子供も泣き出しそうな強面と来れば、大将も客より先に警察へ声を掛けた方が良いかと迷ってしまう。
 そうせずに大将が黙っておでんの世話をしているのは、その日本語も通じるか怪しい呑んだくれの世話を買って出た常連客が居たからだ。
「そうか」
 常連客はちびり、とグラスの中の熱燗を飲み、ほんのり色づいた頬の合間から息を溢す。
 先程から呑んだくれる男を横目に観察していたこの客の名を、轟剛天と言った。
 轟商事という世界有数の総合商社のトップである彼は、今の自分の息子の歳辺りからこのおでん屋に通う常連でもある。
「ハンサムがハンサム過ぎる……」
 しかし。今隣で呑んだくれる客が誰なのか気付いた剛天は世話を引き受けて以降、どうすれば良いのかと内心途方に暮れていた。
「そうは言ってもだな、自分で雇ったのだろう?」
 剛天が言えば、男は二度頷いた。
「そうだ」
「容姿も調べなかった訳ではあるまい」
「うむ」
 男は自分の前にあった取り皿からこんにゃくをつまみ上げて食べる。
 普段なら外人さんの割に箸使いが上手いじゃねぇか、と大将が感心するほどの箸捌きだったが、本人は男の顔が怖いので黙ったままだった。
「お前も一度ハンサムに接してみれば分かる」
「……人材交換でもするのか」
「いや、お前のような輩にハンサムはやらん!」
 ……剛天は男に対していよいよ面倒さの方が勝り始めたが、だからと言って自分が介抱する訳には行かなかったので、思わずため息を吐いた。