可愛い子のお祝いに - 1/3

自分で自分を祝うために書いたすけべ話です。そのうち加筆する予定だけあります。


「あ、あの……社長?」
スーツ越しにも分かる逞しい腕で背中から抱き締められたまま、平はひたすら困惑していた。
ここはある居酒屋の宴会グループ向けの個室で、畳に座布団で座る和室である。
何故平がここに居るのか。それは、人の誕生日を祝うためだった。

今日は10月16日。平の勤める轟商事の営業部の同僚であり、番長である轟金剛の誕生日である日に、営業部の面々は祝うついでに酒を呑もうと飲み会を企画しようと考えた。
自ら幹事を買って出た平は普段から漢として尊敬し、敬愛する金剛のために人一倍張り切って店の選定に当たり、予算はやや跳ね上がったが世間で言う所のいい店を抑えた……までは、良かったのだが。
「親父、それ平だぞ。離してやれよ」
平を抱える男の肩を呆れ顔で叩いたのは、本日の主役と書かれたタスキをかけた金剛であった。
……何を隠そう、彼は社長であり、今はなぜか赤ら顔で平を抱きしめている轟剛天の一人息子でもある。
しかも、剛天という男は例えそれが酒を飲む口実であろうと、息子の誕生日会と銘打たれた席に祝うために出たがるほどの子煩悩でもあった。
内密に参加したいという打診を受けた平は頭を悩ませたが……結局は、端の方の席にしれっと紛れ込むなら大丈夫だろうと会費を受け取ったのだった。
無礼講の席であるとは言え社のトップが居るというプレッシャーに耐えられなかったのか二次会までに大半が脱落し、飲み会としては結果的に失敗とも言えなくはなかったが。
平を含め金剛の席のある島の面々は残り、また少数ではあったが純粋に金剛を祝おうとした社員たちもまた、酔いが進む度にただの子煩悩な父親になって行く社長に困惑しながらも祝っている。
何より、人が少なくなってからの方が本人も楽しそうで。会費を受け取って良かったと、平は心から思った。
……思ったのだが、その酔っ払った社長に抱き締められているとそうも言えなくなってくる。
「幹事役をよく頑張ったなぁ、順……」
片腕でしっかりと抑え込まれ、空いた方の手で逆立ててセットした髪をくしゃくしゃに撫でられる。
自分を褒める声は全体集会の放送で聞くような凛々しい声ではなく、どこかふにゃりとした……例えるなら、親が子を優しく褒めてやる時のような優しい声だ。
「親父、人前だぜ」
撫でられたまま固まる平を見かねて、金剛は剛天の肩を今度は強く叩く。
しかし実の息子に宥められても、剛天は撫でるのをやめようとはしなかった。
「ん~? お前も来い、金剛」
「いや俺は」
「いい、遠慮するな」
「アンタ相当酔ってるだろ、平を離してやれって」
「酔っとらん」
「いいや酔ってる。帰ろうぜ、親父」
そんなやり取りの間にも「お前は偉いなぁ、順」などと囁かれ、平は頭を撫でられる。
せめて、せめてその褒め言葉は番長に言ってほしいッス!
平は心から願ったが、結局周りが剛天にそれとなく酒を勧めて潰すまで平はホールドされたまま褒めそやされ、本人が潰れるまで解放して貰えなかった。

 

「悪いな平、俺と親父の荷物持たせて」
「何言ってんスか、これぐらいお安い御用ッス!」
結局剛天が潰れた所で会はお開きになり、飲み足りないと三次会に行く者と、帰る手段がある内に帰る者とに別れた。
平は酔い潰れた父親に肩を貸して帰ろうとする金剛に着いて行き、荷物持ちとして彼を手伝う事にしたのであった。

「本当にありがとよ、平。今日は楽しかったぜ」
金剛の住む広々としたマンションの一室に布団を敷き、そこに剛天を寝かせて落ち着いた所で金剛が言う。
「だったら何よりッス。俺も、幹事やって良かったッスよ」
「ああ。親父も潰れるまで飲んじまうんだ、今日の席は相当浮かれてただろうな」
「まさか酔った社長がああなるとは……思ってもなかったッス」
実は、あの酔った剛天の餌食になったのは平だけではない。
部長は上手く躱していたが、平の上司である鏡係長は捕まってしまい、何より一番最初に捕まったのは金剛だった。
「昔からそうなんだ、俺の祝い事で酒飲むと……ああなる。七五三も、入学式と卒業式も、成人式の時もよ」
顔を逸らして複雑そうに言う金剛に、平は色々と察した。
普段は厳しく、威厳に溢れた父親が酒に酔った時だけ何もかもを台無しにして褒めちぎってくるのだ。嬉しいのだが、同時にカッコ悪いとも思ってしまう。
「なんつーか……結構親バカッスね」
「ソレ、親父の前で言うなよ」
開き直って凄え事になるからよ。金剛は真剣な顔で言った。
「えー? ってコトは……開き直った時もあるッスよね?」
「聞きてえってか」
「聞いてみたいッス! ああでも、時間……」
平がスマートフォンを取り出して時計を見ると、もう深夜の0時半を回っていた。
ギリギリ駅まで走れば間に合わなくはないかと考えた所で、液晶が大きな手で覆われる。
「いい、今日は泊まってけ」
「え、いいんッスか?」
平が顔を上げると、微笑んだ金剛と目が合った。
「どうせ休みだろ? 明日の朝ゆっくり帰りゃいいじゃねぇか、親父も同じ事言うと思うぜ」
部屋も空いてるし、来客用の布団も用意があると、そこまで尊敬する番長に心を砕かれては、平も頷くしかない。
「えと、じゃあ……お言葉に甘えるッス!」
平は深く頷いて金剛の顔を見上げる。
「おう。先に布団だけ敷いとくぜ」
そこには先程の微笑みとは全く違った、心底嬉しそうな笑顔があった。