感想戦 - 1/2

『勝負じゃ!』
『Are You Ready?』
轟高校の総番長である轟金剛と、アメリカから来日した鏡慶志郎。
奇しくも修学旅行という同じ目的で古都を訪れた二人が出会い、そして――初めからそう定められていたかのように戦った。
初対面でありながら出会ったその日の内に三つの勝負と数多くの再戦を重ね、両者に多少の意識の差はあれど、お互い良い好敵手ライバルだと認め合い慌ただしく別れた。
そんな様子だったので、魂を震わせる程の勝負をしたにも関わらず……二人はどこか不完全燃焼だった。

夕食の奪い合いに卓球、ドッジボールと称した枕投げ。
この三つの勝負を再戦込みで両手では足りない程の数をこなしたとなれば、汗をかく。
汗でベタついたままでは眠れないと、金剛は消灯時間を過ぎているのを承知の上で、一人で浴場へ向かっていた。
「楽しかったな」
フローリングの上を下駄で歩きながら、金剛は呟く。
鏡慶志郎。四人の美女を引き連れそう名乗った男との対決は、明らかにいつもの勝負とは違った。
どちらが勝っても止まらず、自分が地に伏した事に気付けばもう一戦、或いはリベンジマッチだと起き上がってきて次の勝負を始める。
三本勝負とは言え、相手は異郷の人間。一度きりの勝負だと思っていたはずが、その一度きりの勝負で……お互い、素直に負けたと認めなかった。認められなかった。
あの時の己をどこまでも奮い立たせる闘争心は、一体どこから来る物だったのだろうか。
「……ん?」
ふと、露天風呂への暖簾の前で薄桃色の浴衣を着た宿泊客が、卓球台を眺めている姿が金剛の目に留まった。
一房だけ垂らした前髪を弄りながら、口元を楽しそうに歪めて笑う宿泊客の髪は金色。
忘れられる筈もない、あの絆創膏が貼られた横顔は。
「鏡」
「……おや、サムライボーイ。キミはもう消灯時間じゃなかったか?」
金剛が声を掛けて歩み寄ると、彼は弄っていた前髪を離して己を呼んだ人物の顔を見た。
「お前さんこそ、部屋に戻ったら寝るんじゃなかったのかよ」
「そうするつもりだったが、誰かのせいで汗をかいてしまってね。このままでは眠れないのさ」
慶志郎はわざとらしくため息を吐いて、少し乱れている髪をかき上げる。
嫌味を言っているような口ぶりだが、その表情は悪戯っぽく笑うだけだった。
「なんだ、お前さんも風呂入りに来たのか」
「……もしかして、キミもこれからバスタイムなのか?」
「ああ」
眉間に皺を寄せ嫌そうな表情をする慶志郎だったが、金剛は特に気にする事なく頷いた。
少し前からここで激闘の跡が残る卓球台を眺めていた慶志郎は、今の男湯には誰も居ない事を知っている。
熱い勝負を満足するまで回想した後にでもゆっくり浸かろうと考えていたのだが、露天風呂が開いている残り時間を考えるといつ出て来るかも分からない男を待つ時間は無い。
「ふむ……」
しかし。勝負の続きがしたいという訳でもないのに、慶志郎は何となく目の前の男ともう少し過ごしたい、などと彼の顔を見た時に感じた。
一度ぐらいは普通に話してみても構わないかと思えば、眉間の皺は知らず知らずのうちに薄れていく。
「もしお前さんが嫌じゃなきゃ、一緒に入らねぇか?」
そして、どうやら相手もその気らしい。
なら話が早いと慶志郎は承諾の返事の代わりに、相手の頭の上に乗る学帽を取る。
「あ、おい!」
「ちゃんと洗濯……いやシャンプーしてるのか、キミ。……ちょっと臭うよ」
取り上げた学帽から漂う汗の臭いに眉を顰めながら暖簾を潜る慶志郎の後を追って、金剛もまた暖簾を潜って脱衣所へ向かった。