慰め - 1/2

 ニューヨーク市内の、とあるホテルにて。
「番長……ッ!」
 薄暗いスイートルームのベッド。
 その白いシーツの上で目を瞑り、己を慰める男が一人。荒い息を吐き必死に快楽から逃げながら、自分を追い詰めて行く。
 逸物を握り締め扱き続ける男の脳裏には、想い焦がれる青いスーツの影。ギリギリまで何も言わずに離れて行った、あこがれのひと。
 決して恋人ではないけれど、心の底から愛おしいと感じられるひと。
 もちろん、いずれは戻って来る。今生の別れという訳では無かったが、それが離れた寂しさを埋めるには至らない。
「はっ、あ、あっ……! 番長……番長ッ!」
 名前を呼ぶ度に愛しさが溢れ、簡単に会える距離ではないと虚しさが訪れる。
 虚しさが男の胸を締める度に、扱く手は一層滑って卑猥な音を立てた。
 彼も遠く離れた地で奮闘しているのだから、自分も彼に恥じぬよう働かなくては……などと言うのは建前に過ぎない。
 実際は彼が行ってしまってからずっと、あの頼もしい背中を思い浮かべては夜な夜なこうして己を慰めて、男はなんとか空いた穴を塞いでいた。
 思い浮かぶのは「行ってくる」と言ったきり、一度も振り返らなかった青いスーツの後ろ姿。
「あ……ッ!」
 絶頂の足音に身体が震える。
 彼と出会い、その潔い生き様に憧れ背中を追うと決めてから、彼へ劣情を抱く事は無かった。
 ただ寂しさと虚しさの両方を埋めるにはこの方法がいいと知ってしまっただけで、こうして自慰に至っている今も彼へ対する劣情は無い。
 頭を真っ白にすれば、思い浮かべた彼も見えなくなって……ひとまずは、寂しくなくなるから。
「……何をしているんだ?」
 急に背後から冷たい声が掛けられ、扱く手を思わず止める。
「う、っえ?」
 解放を望む逸物を手で抑えて男が振り向くと、そこには眠っていた筈の上司である鏡係長が腕を組み、胡座を掻いて男を見ていた。
「あ……」
 男の背中に冷たい汗が伝う。
 何をしていたか、なんて、それは……
 しかし、鏡は僅かに息を吐いたばかりで、男が想像していたような刺々しい言葉を投げる事は無かった。
「寝る前にワタシのスケジュールは見ただろう、平君。明日も早いんだ、さっさと寝ておけ」
 ゆっくりとした瞬きと共に言われた言葉に、平は胸を撫で下ろした。
「……はい」
 そうだ。そもそも自分がこのニューヨークのホテルで泊まっているのは、彼の出張に連れ出されたからだ。
 任されている事と言えば専らスケジュール管理と調整という、営業社員というよりは秘書に近い物だったが。
 憧れの男が去ってから何故か、平はこの秘書染みた仕事を任されるようになったのだった。
「それとも、眠れないのか?」
 そう言った声は僅かに沈んでいて、相手を心配させてしまったのだと知れた。
「…………はい」
 平が正直に答えるとするり、と布が擦れる音がして、ベッドのスプリングが軋む。
「係長……?」
 そして、今度はもっと近くでスプリングが軋んだ。彼が平のベッドで膝を立てたのだ。
「寂しいのだろう、キミは」
「え」
「あんな声で呼んでいれば嫌でも分かるさ」
 平と向き合うように座り、鏡は徐にパジャマを脱ぎ始める。
 聞かれていた事にも、さっきから彼が不自然なほど優しいのにも内心パニックになっているのに、これ以上何をする気なんだろうかと平は気が気でない。
「係長……何、してんスか」
「ワタシもキミの声を聞いていたら、寂しさを思い出してしまってね」
 ……彼も、寂しかった?
「それって──んむ」
 続きを言おうとした平の唇に何かが重なった。
 一瞬重なるだけで何もしないまま、それは金色の軌跡を残して離れて行く。
 パステルレッドの布地から覗き始めた筋肉質な身体に、行き場の無い劣情が再び燻り始めた。
「……内緒だよ。平君」
 鏡は平の右肩をほんの少しだけ押して倒すと股の間に座り、少し萎えた平の逸物に自分のモノを重ねてみせた。
 女性にモテるのは、これだけ立派な物を持っているからなのもあるのかも知れないが、そんな事よりも……信じられない。
 あの、鏡係長が。あれだけ番長の事を嫌っていた男が。
「寂しい、ッスか」
「ああ。寂しいな」
 右手を貸して、と囁かれるままに差し出すと、重なった欲を二本ともまとめて持たされる。
 その上から鏡の白い手が覆う様に重なり、ゆるゆると上下に動き始めた。
「番長、本当にあっさり、転勤するって言って……いつ戻れるか分からない、のに」
「まるで出張に行くみたいだった、っあ……!」
 小さな水音を立て始めた股間に視線を落とし、抑えられている指を動かして先端を擦ってみれば、目の前の男は簡単に甘い吐息を溢した。
 けれども、此方を見下ろす眼は寂しさを携えたまま。
「……付き合っているんですか」
「は、ッ……いいや。仮に付き合っていたら、キミとこんな事は、しない、ッ!」
 中心を軽く握り直され、自分のモノと共に激しく扱き上げられる。
 自分のモノも彼のモノもすっかり芯を持ち、いつの間にか手に余るような大きさになっていた。
 乱暴だろうが単調だろうが、刺激は刺激で。与えられるままに勃ち、好みや気持ちなどはお構い無しだ。
「っう、ひ、あっ、あ」
「ワタシの事はいいッ、だから、サムライボーイの事、を……考えろ!」
 裏筋同士がコリコリと潰されながら、つるりとした先端が二人分の先走りで擦れて気持ちいい。
 平は、金色の髪を揺らして身悶える彼と自分は何一つ繋がっていないようで、何もかもが繋がっている気がした。
「ば、んちょう……!」
「クッ……あ、は……ッ!」
 泣き出しそうな程哀しくて、独りでに引き裂かれてしまいそうな程寂しいのに涙も流せず、あの背中に行くなとは言わなかった二人。
 繋がりと呼ぶには細すぎる一点だけで二人はひとつになり、爆ぜる。
「もう、オレ……無理、ッス……!」
「ぐうっ……ッ!」
 腕だけでなく太腿も震え、視界が白み始めた。
 最初は正常位のような姿勢だったのに、今となっては相手も身体を折り曲げ、自分が喰われている。
 繋がりを得た代わりに、いつも脳裏に浮かべる青い影が脆く崩れて行くのが見えた。
「あ、ヤベっ、出る……ッ!」
 平は空いた左手で先端を抑えようとするが、出そうだと確信した瞬間には既に遅く。
互いの腹の間に二人は欲を撒き散らしてベッドへ沈み込むと、暫くその場から動かなかった。