「そうそう、一昨日から私が増えたから」
「……増えた?」
うん。と、衝撃的な発言をした割にはあまりにも軽い本人の態度に轟は眉を潜める。
上司である鏡と共に命ぜられた外勤が丁度昼休みの時間を跨いでしまうため、今日は珍しくいつもの食堂ではなく、ふらりと立ち寄ったレストランで昼食を摂っていた。
「増えたって……何があったんだ?」
「まあ、正確には“過去から来た”私だよ。写真見る?」
料理の脇に置かれたスマートフォンには、澄まし顔で片目を瞑る鏡によく似た青年が写っている。
確かに、目の前に居る鏡がもう少し若かったらこんな顔かも知れない。
「どうして来たのかは、彼自身よく分かっていないみたいだ。帰るアテも無いようだし、暫く面倒を見る事にしたよ」
スマートフォンをスーツの内ポケットに戻し、鏡はグラスから水を一口飲む。
「それで……キミに一つ、謝っておかないといけなくてね」
謝る? 轟はますます眉間の皺を深くして、目の前の男を見つめる。
付き合っている事を過去から来た自分に打ち明けた? その程度ならあれほどバツの悪そうな顔はしないだろう。
同居人が一人増えた所で、自分が困るような事は特に何もない……はずだ。
軽い緊張で喉が乾き、轟は水の入ったグラスを手に取る。
「実は昨晩、自分で自分を……いや、慶志郎の事を抱いてしまってね」
「ブッ……!?」
口に含みかけていた水を盛大に吹き出した轟を「汚いよ」と咎めながら、鏡はテーブルに備え付けられた紙ナプキンを差し出した。
「言っておくけど、不可抗力、いや正当防衛だよ。望んでやった事じゃない」
「ゲホ、ゲホッ……! ケホッ、ハァ……正当防衛?」
噎せながら紙ナプキンを受け取り、テーブルの上にぶちまけた水を拭き取りつつ聞き返す。
「いくら自分でも、その自分に抱かれるのは癪だったんだ。キミだけだと決めたのもあるしね」
「お、おう……」
つまりは、だ。
過去の自分に襲われた鏡は、操を立てようと逆に抱く事にした、と。
一体何がどうなったらそうなってしまうのか、さっぱり分からない。
「過ぎた事は仕方ねぇ……が、何かあったのか?」
轟が尋ねると、鏡は少し困った風に話し始めた。
「五年前の私は、良くも悪くも恐れ知らずでね……」
