主人公不在の夜

 かつての古狩人と新参の狩人。
 二人の地下墓での死闘。その少し後に、黄味掛かった装束の狩人が死闘の跡を訪れていた。
 血と焦げ跡だらけの獣に歩み寄り、狩人はソレを具に観察する。
 ピクリとも動かない獣を見て最初は震えてさえいたが、暫くすると落ち着きを取り戻したかのように静止した。
 狩人の名はヘンリックと言い、彼はこの獣が元は何者であったかを知っている。この獣は、ヘンリックの相棒だったガスコインだ。
 少し前だ。獣の兆候が出たと言って、一方的に関係は打ち切られ、今晩までロクに顔を合わせる事は無かった。
 しかし、疑問は残る。獣の兆候が出たと本人は言うが、ガスコインの身体にはそれらしい変化は起きていなかった。
 では、ガスコインの言う“兆候”とは何なのか?
 ヘンリックはそれが何なのかずっと考え続け、死体を目の前にして考えるのを止めた。
 そして、妄想と言っても過言でない答えを見つけた。

 

 ヘンリックは輸血液の入ったシリンジを取り出して、獣の太腿に突き刺す。
 酷く乱暴に突き刺したのは、この腹立たしさを何処へ向ければ良いのか分からないからだろうか。
 それとも、正しいかどうか分からないからだろうか。
 懐から小瓶を取り出し、封を開ける。
 所謂気付け薬と言うヤツだが、普通のとは訳が違う。
 とびきり強烈で、作った奴は鼻を壊したとか、使われた狩人が二度と近付けないでくれと懇願したとか。
 そう言う触れ込みで売られていて随分値も張ったが、いつか役に立つ日も来るだろうとずっと持っていた。
 漂う悪臭に耐えかねマスクの上から鼻をつまむ。酷い臭いだ。
 腕を目一杯伸ばし、顔を逸らしてヘンリックは小瓶の中身を獣の顔に掛けた。
『グ、グウオオオオオオォォォ!』
 ダラリと投げ出された四肢が力を持ち、暴れ、地面を引っ掻いて砂埃が立つ。
 どうやら売り文句は謙遜だったらしい。”死んだ“獣さえ飛び起きるのだから。
「随分と死んだふりが上手いな、ガスコイン」
 ピタリ、と獣の動きが止まる。
『……ヘンリック?』
 両手で顔を覆い、その指の隙間からチラ、と見るような仕草をする。
 ばつが悪い、とでも思っているのだろうか。
「お前、私に嘘を吐いたな」
『うっ……』
 ガスコインは身体を強張らせて縮こまる。
 この様子だと図星のようだ。つまり、ガスコインは最初から……恐らく、医療教会を抜けたあの日から、獣だったのだ。
「私はお前と組む時、嘘だけは吐くなと言った筈だ」
 距離を詰め、腹の毛を撫で付けながら睨む。ガスコインは更に縮こまるとか細い声で言った。
『わ……悪かった。黙ってて……』
「フン……別に隠していた事はいい」
 ガスコインは驚いて起き上がると、信じられないと言った様子でこちらを見る。
「ここに来る人間の経歴など、堂々と語れる方が珍しいからな。余計な詮索はしない事にしている」
『えっ、いや、それとは話が別だろ!?』
「そうかも知れんが、今更責める気にもなれん。お前は”人に化けるのが上手い“獣で、同時に狩人でもあった。私はお前の隠し事を見抜けなかった。それだけの事だからな」
 肩を叩き、装束に付いた砂埃を払う。
 実際、彼が獣である事や、今死んだふりをしていた事はどうでも良かった。
 獣の兆候が出た、などと嘘を吐いた事だけが、ヘンリックにとって許し難い行為なのだから。
『……あの時嘘吐いて、悪かった。相棒』
「もう二度とするなよ」
『あぁ、肝に銘じておく』
 ガスコインは立ち上がり、腕でヘンリックを引き寄せる。
『ヴィオラは……獣に殺された。せめて娘が無事だといいんだが……』
「その事だが。ここへ来る前に立ち寄ったが……人の気配が無かった」
『…………そうか』
 ガスコインはヘンリックを引き寄せる手に力を込め、絞り出すようにそう言った。

「強かったか、お前の前に立ち塞がった狩人は」
『強かった。近い内に俺達より強くなるだろう』
「なら、私達も引退だな」
 ヘンリックが冗談めかして言うと、ガスコインも少しだけ笑った。


 

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