privatterにて掲載していた、現パロの精神科医ガスと誇大妄想患者ヘンのアレな話二本です。
諸々大丈夫な方は続きからどうぞ
「なぁ、ガスコイン。ここには獣しか居ない」
そう言うのは、俺の患者であるヘンリック・シェリングだ。
年齢は56歳、破壊衝動と誇大妄想が主な症状で、家族に連れられてここに入院した。
彼の誇大妄想は……こう言うと不謹慎だが、とてもユニークだ。
『ヤーナム』と呼ばれる、ヴィクトリア朝頃のイギリスに酷似した街並みを持つ街に、『獣の病』という治療不可能(と、本人は言っている)の病気が流行し、満月の夜に罹患者が病の名の通りに危険で素早い、獰猛な獣と化し、襲い掛かって来るのだと言う。
「ヘンリックさん、ここには貴方の言う病は流行っていませんよ」
勤めて、優しく声を掛ける。彼は一週間毎にこの誇大妄想の新たな『設定』を話す。
その設定を元に、彼はどんな心理状態で、誇大妄想を和らげるには何が必要かを判断するのが仕事だ。
「何を言う、此処には“私達”が狩らなければならない獣が跋扈しているだろう」
……また、新しい設定だ。『獣の病』で獣と化した人々は人を襲う。そこで、『狩人』と呼ばれる武装した集団が、獣と化した人々を殺す……という『設定』の派生だろう。
「狩人は、貴方だけでは?」
そう、一週間前までは「此処には狩人が私だけしか居ない」と言っていて、架空の『連盟』と呼ばれる仲間達とは離れ離れになってしまったとも語っていた。
急激な方向転換だ。孤独では無くなったと言うのだろうか。
「違う、お前もだ。ガスコイン、私達は相棒としてずっと良くやってきたじゃあないか」
警戒していた一週間前までとは打って変わって、随分と友好的な態度だ。
どういう心境の変化だろうか。彼は話し続ける。
「お前は……そう、確か……異邦から来た神父だったな。最初は喧嘩ばかりだった、酒場で喰らったパンチは、私はまだ許してないがな」
ハハハ、と彼が快活に笑う。
「だがいざ一緒に狩りをするようになると……私達は上手くやっていた。私の些細な悩みにも、お前は相談に乗ってくれた。感謝しても仕切れない……」
「そう、ですか」
彼の誇大妄想にしては、今までの中で一番現実に沿っている。逆に言えば、彼の言う事の大半は、現実味が全く無い。
「そうだ、それなのに……あの晩、お前は……」
患者は項垂れて、それっきり黙り込んだ。
刺激して、もっと聞き出すのは危険な気がする。俺はナースコールに手を伸ばした。
「……ッ!」
刹那、伸ばした手に痛みが走る。食事用のプラスチックフォークが、手のひらを貫いていた。
食器は持ち帰り禁止で、研磨出来るような設備は無いはずなのに!
「ガスコイン、気の迷いだったんだろう? 私には分かるとも……あのアバズレに心を許すはずが無いからなぁ?」
彼は隠し持っていた小瓶を取り出して、俺に近付く。叫ぼうとしたら反対側の手にまたフォークが刺さる。
「大丈夫だ、ただの鎮静剤だ……直ぐに良くなる」
俺の閉じている口をこじ開け、ヘンリックに小瓶の中味を飲まされる。
血の味しかしなかった。
