轟が上司との奇妙な在宅勤務に慣れた頃。男二人で休日を過ごすのにも慣れ、今日は何をしようかと上司である鏡と顔を突き合わせて考えている所だった。
「何でも、押入れには無限のギャラクシーが広がっているらしいじゃないか」
「……はぁ?」
寝室でお互い寝巻きのまま話し合っていたから、こんな寝言のような言葉が出てくるのだろうか。
今日はあまりにも寒く、普段ならさっさと布団を畳んで着替えてから話し合うのだが、今は布団を畳まない所か二人揃って布団から指一本たりとも出ていない。
実質寝ているようなものだと言えば、そうなのかも知れない……と屁理屈を捏ねた所で、目を輝かせてこちらの顔と押入れの襖を交互に見る上司の興味を無かったことには出来そうもなかった。
「別にウチにもあるが、対したモンは入ってねぇぞ」
「フ……私が見たいのは押入れというスペースであって、その中身じゃあない。例え中身が空でもノープロブレムさ」
鏡は布団から素早く起き上がると、テキパキと布団を畳み着替え始めた。
どうやら……今日の予定は押入れ探検になったらしい。
自分も布団から起き上がり、轟は一つ息を吐いた。
押入れを開けるのは衣替え以来、数ヶ月ぶりになる。
一体こんな所を見て何が楽しいのか。轟には全く分からなかったが、鏡からすればこれこそが今回の目的だった。
正確には目的の一部だ。単純に、彼の事をもう少し詳しく知りたい。
なんだかんだと組まされる事が多くなった今、彼への理解がいつか命運を分ける事もあるだろうと鏡は考えた。
しかしプライドやらその他諸々が邪魔をして正面から言うことは出来ず、回りくどい口実を使ったのがここ最近の同居生活に繋がっているのだった。
そんなことになっているとは露知らず、轟は押入れの襖を開ける。
久々に光が差した押入れの上段には畳まれた夏布団が。
下段には白い段ボールが2つと古ぼけたビデオデッキ、ラベルの無い謎のビデオテープが数本、それから夏物の衣服が詰められた衣装ケースが入っていた。轟はその中から段ボールだけをを引っ張り出すと押入れを閉める。
「この中身は一体?」
「……舎弟が撮ってた、俺の高校時代の写真が入ってる」
轟が段ボールを開けると、少し埃っぽいアルバムが何冊か詰められていた。
「ここにあるのが全部じゃねぇ。残りは卒業アルバムと一緒に、実家に置いてある」
試しに一冊取ってページをパラパラと捲ると、様々な光景が蘇る。
過ぎ去った日々を振り返るのにはまだ早いとは理解しつつも、何となく持って来てしまった思い出の数々。
……それを本人の許可無しに勝手に広げて眺める上司の横顔は、意外にも少し楽しそうだった。
「変わらないな」
そう言葉を零した声色は、どこか羨ましがっているようにも聞こえる。急にむず痒くなって来て、轟は鏡が広げていたアルバムを取り上げて段ボールに戻した。
「……満足しただろ。片付けるぞ」
「待った。まだもう一つの方を開けてないだろう」
仕舞うのはその後にしたまえ。と、最早好奇心を隠そうともしない上司に呆れつつも、轟は別の段ボールを開けた。
こちらは使わなくなった物をとりあえず入れているので、様々な物が綺麗に詰められている。
とは言え、一体何を仕舞っていたのかパッと思い出せる程ではない。押入れ自体は衣替えの時に開けるものの、この箱はもういつ開けたのかすら覚えていなかった。
何処から手を付けた物か……迷う轟を他所に、鏡は箱から一枚のCDケースを取り出した。
「何も書いてないな……CD……いや、DVDかな。内容に心当たりは?」
ケースからディスクを取り出し、側面と反射面を見て鏡が言う。
「いや、分からねぇな」
「なら見てみようじゃないか!」
鏡はとても嬉しそうに、リビングへ再生に必要な機器を取りに行った。轟はその背中に言いたいことが山ほどあったが、ああまで嬉しそうになるのは珍しいからいいか、と、全て意識の彼方に消し去った。
鏡がリビングから持ってきた私用のノートパソコンに謎のDVDを入れて、念のため中に変なファイルが入っていないか確認をした上で再生する。
「これは……?」
映像では轟と、二人が知る番長──ライバル達が一人一人、様々な種目で競い合っていた。
戦いの記録、と言った所だろうか。一戦一戦、勝負が始まってから決着が着くまでしっかりと収められている。
卓球、かるた、バレーボール、紙相撲、水泳、ドッジボール……そして。
「……懐かしいな」
眉間に皺を寄せた轟が、複雑そうな面持ちで呟いた。
ノートパソコンのスピーカーから軽快な音楽が流れると共に、白い学ランを着た奇抜な髪型の学生……煉獄のチャッピーと、轟が踊り出す。
二人の間には椅子が一脚だけ。所謂、椅子取りゲームだった。
コサックダンスを踊るチャッピーに対して、画面の中の轟は楽しそうに片足ずつ交互にステップを踏み、両腕を胸の前でグルグル回す。
そして音楽が止まれば、一脚しかない椅子を巡って戦いが始まるのだが。
「ちょっと……ちょっと待ってくれ……」
左手で胸の辺りを抑えながら、鏡はスペースキーを叩いて映像の再生を一時停止した。二人のダンスが止まる。
なんだあの……可愛い男は!? いいや、男に可愛いなどと口が裂けても、例え心の中であれど言いたくはないが……であれば、とてもラブリーだと……言えるのだろうか。
画面の中の楽しそうな笑顔には、今の轟からは既に失われた少年らしさが残っている。
単純に、若いなと感じた。しかもこの映像のタイムスタンプは五年前だ。
彼にも、ちゃんと成長の過程で取りこぼした物があったのか。
鏡は真面目腐って考えてみるが……やはり、どう見てもあのダンスは……ラブリーだった。認めたくはないが、可愛いと思ってしまった!
「……キミにも、ミュージカルチェアーズに興じる時期があったんだね」
隣の部下に話題を振ったつもりだったが、返事が無い。
不審に思って隣を見ると、彼は画面から顔を逸らしていた。鏡からは耳しか見えないが、その耳は茹でたロブスターよりも赤くなったまま。
あまり本人の思い出したくない領域に触れてしまったのは、火を見るより明らかだった。
「あー……大丈夫だよ。可愛いから」
何が大丈夫なんだ?
鏡は自分の口を突いた言葉にツッコミを入れる。
「……押忍」
そしてキミはそれでいいのか?
微妙な空気のまま、二人の休日は過ぎて行った。
